このアプリケーションノートは、REWによるカーオーディオチューニングに関するシリーズの一部です。
最初に、カーオーディオ概要をお読みになり、その後でこのアプリケーションノートをご覧ください。
音像定位は、スピーカーの物理的な配置やクロスオーバーの設計によって自然に作られるのではなく、DSPで信号処理を行うことで初めて実現されます。2つの主要な考え方があります。
EUスタイル
EUスタイルの音像定位は、ハンドルのすぐ前で、欧州の自動車メーカーによく見られます。
音像定位は、自動的に助手席側にミラーリングされ、助手席の真ん前にも音像が定位するようになっています。つまり、運転手と助手席乗客の真正面に音像がくるように信号処理をしています。
USスタイル
米国スタイルの音像定位は、ダッシュボードの真ん中で、米国やアジアの自動車メーカーによく見られます。
運転手含め、全ての乗客がダッシュボードの真ん中から音が聴こえてくるように処理をします。
音像の幅
音像定位と異なり、自由に決定できるのが音像の幅です。
ステレオシステムの場合は、主に2つのケースがあり、狭い幅~Narrow stage「AピラーからAピラー」、および広い幅~Wide stage「BピラーからBピラー 」です。
より広い音像の幅を作りたい場合は、リアフィル、サラウンドスピーカー、センタースピーカーなどの複数のスピーカーが必要になります。スピーカーの数が多いほど、よりスムーズに音像の幅を広げることができます。
ステレオ音像の幅は、様々な信号処理方法(極性反転、Mid/Side処理、オールパスフィルターなど)で変えることができます。
なお、ダッシュボードの真ん中に100mm程度の小口径スピーカーを置くだけで、幅を広げても中央の音像がより安定します。
下のグラフは、プレミアムサウンドシステムを搭載した数台の車から過去数年間に行った周波数応答測定を、平均化したものです。
フラット性を評価するために、山谷のおおよそ真ん中をセンターラインとして青で示し、それから±3dBの範囲を2本の緑のラインで示しています。
全体的に周波数特性が右に傾いており、150Hzから1オクターブあたり約1dBの減衰があることに注意してください。
これは多くの車で実践されているチューニングカーブで、長時間のリスニングでも耳が疲れにくく、かつ現代的なサウンドを実現します。
150 Hz以下の低域は、±3dBの範囲を超え、最大+6dBまでブーストされています。このカーブの形状は、車自体のノイズカーブに似ているため、車のノイズをマスキングするとともに、音楽の低音成分をしっかり聴かせることに役立ちます。
なお、REWのPreferences – House Curveでは、自分の目標とするカーブを定義することができます。
次のグラフは、先ほどのベンチマーク測定の平均カーブで、カーオーディオのチューニングで考慮すべきさまざまな周波数帯域を注釈付きで示したものです。
0:サブベース(超低域)
超低音の知覚は、プロフェッショナルやアマチュア問わず、聴こえの重要な指標です。
車室内で再生可能な最低周波数は、サブウーファー/ウーファー・スピーカーの口径と再生能力によって決まります。
プレミアムな純正ビルトイン・システムではおおよそ25Hzまで、標準的なシステムでおおよそ38Hzまで再生されます。もちろん、低ければ低いほど良いとされます。
車内のさまざまな場所に複数の低音再生スピーカーを配置すると、全体として最高のパフォーマンスが得られることが様々な実験で証明されています。
例えば、150Hz以下のすべての低域周波数をトランク内の12インチ・サブウーファー1台で処理するよりも、適切なモノ・ベース・チューニングを施した8インチ・ウーファー2台と10インチ・サブウーファー1台を設置した方が、全体的な質感を高めることができるということです。
1:ベース(低域)
車室と低音…これは本来、相性が悪いです。車室は小さいため、ルームモード(定在波の発生)が顕著になり、均一な低域特性を得るのが困難です。
シェルビング・フィルターを使った低音域全体のブースト、PEQを使ってピークを下げる、同様にディップを上げるなど、多くのEQが必要です。
2:ミッドバスとローミッド(中低域)
間違いなくチューニングが必要で、かつ最も難しい帯域です。
この周波数領域では、ヌルポイントが発生する可能性が高く、注意が必要です。具体的には、各スピーカーからの音波がある位置で加算されたとき、それらの位相のずれによる減衰ができるだけ起きないように、スピーカー間のリスニングポイントへの到達時間差を合わせたり、オールパスフィルターを使って帯域内の位相を合わせる必要があります。
実践的なアドバイスについては、PsSoundのYoutubeチャンネル(英語)をご覧ください。
https://youtube.com/channel/UCKJUj746WOIUNjv5imYs6yA
3:ローミッドとミッド(中域)
中域では、車自体の音響対策の副作用が見られます。ロードノイズを車内に漏らさないために使用される防音材が、その代表格です。
上の図では、500Hz付近にディップが見られますが、これは防音材の影響が大きいと考えられます。また、このディップの深さは、テストした車のミッドレンジ・スピーカーの数が不足していることにも起因していると思われます。
加えて、この帯域でもヌルポイントは発生する可能性がありますので、中低域と同様に、各スピーカーからの音波を帯域内で位相を合わせる必要があります。
4.アッパーミッド(中高域)
中高域では、反射の影響で位相がランダムになるため、ルームモードの心配はなくヌルポイントは発生しません。したがって、この帯域では自由にチューニングしても問題ありません。
しかし、測定時の位置によって測定結果が大きく変わりますので、マルチポイント測定やアレイマイク測定が必須です。
5.人の耳が最も感度が高い帯域
人の耳は、この帯域で最も敏感になります。耳介と外耳道には個人差があるため、この周波数領域における周波数特性、耳内共振、知覚は、ひとりひとり微妙に異なります。自分でチューニングをする場合は、自分の好みに合わせて調整するのが理にかなっています。
各オーディオメーカーは、互いに差別化を図ろうとするため、特にこの帯域にはメーカー別にある種のトレードマークのような周波数特性が見られます。
したがって、各社のシステムを測定した際、この帯域の周波数特性が全く似ていなくても驚かないでください。
6.高域
5kHz以上の高域は、ドーム型トゥイーターや広帯域スピーカーを使用している場合、共振が発生して音が荒くなったり、いわゆるエッジが立ってしまった音になったりする可能性があります。
これは、問題となる周波数をPEQで減衰させることで対策できます。
また、トゥイーターは、車室内の吸音面や反射面のすぐ近くに配置されることがよくあります。吸音面での高域の損失は、高域をPEQでブーストします。コムフィルターによるディップは、そのポイントをわずかなブーストすることで対処できます。
走行ノイズ
あなたの車がどれくらいのノイズを発生させているのかを知ってもらうために、ドイツ製の6気筒ディーゼルエンジンを搭載したアッパーミドルレンジのクルマを30km/h、80km/h、130km/hの速度で録音しました。測定中、オーディオシステムとエアコンはオフにし、エンジン、パワートレイン、タイヤ、風切り音のみを記録しました。
ノイズの音響エネルギーはほとんど低周波数帯域に含まれ、高周波数で急激に低下しています。500 Hz付近を中心とした広帯域のディップは、乗り心地を改善するために使用された音響緩衝フォームに起因するものと考えられます。
ご覧のように、風、タイヤ、パワートレイン、シャシーからかなりのノイズが発生しています。このことについてはどうすることもできませんので、受け入れなければなりません。
ただし、ノイズは静的でわずかに変化するだけで、かつ特徴的な音色ももっていないことが多いため、通常は邪魔な存在にはなりません。
車室内インテリアからのノイズ
ノイズ源は車室内にもあります。私たちの耳は簡単にそれを察知することができます。
例えば、緩んだトリムピースが振動してビビリ音が発生し、それがとても不快に感じることはよくあります。これは、走行時の振動だけでなく、大音量を鳴らしている場合にも起こります。スピーカーが起因する場合は、様々な音響対策部材を用いて共振を止めるようにしてください。
以下のメーカーサイト(英語)が参考になります。
https://noico.info/articles/sound-deadening-main-areas/
密閉空間とルームモード
車室内の容積が小さいことは、低域の再生に2つの影響を与えます。
まず、密閉環境により低域がブーストされます。次に、多くのルームモードが加わるため、周波数特性がなだらかなフラットカーブではなく、山谷が続くようになります。それらを音響シミュレーションで計算予測しようとすると、高度な計算手法である有限要素法をもってしても非常に時間がかかります。
車室内の影響がどのくらい深刻かを示すために、ある測定実験をしました。
下のグラフは、ある中低域のスピーカーを無響室で測定した結果(ピンク)と、車室内で測定した結果(青)を示しています。
車室内の密閉された環境は低音を閉じ込め、低域をシェルビング・フィルターのようにブーストさせます。上の例では、150 Hz以下の周波数が最大+20dBブーストされています。
反射
フロントを含めたガラス部分を取り除くことはできません。ガラスや硬い素材は音場に強い反射を起こし、それらはしばしば中高域のディップやピークとして測定結果に現れます。
完全な対応は無理ですが、PEQを繊細に使うことで、この問題を和らげることはできます。その際、Qが高すぎる(カーブが鋭すぎる)フィルターを使わないように注意してください。